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死に戻り令嬢は冤罪を覆し、幼馴染の王子に溺愛される 〜銀の令嬢の甘く危険な事件簿〜
死に戻り令嬢は冤罪を覆し、幼馴染の王子に溺愛される 〜銀の令嬢の甘く危険な事件簿〜
Auteur: 葉月うみ

第一部 第1話 処刑の朝

Auteur: 葉月うみ
last update Date de publication: 2026-06-03 20:29:46

 あと数えるほどの時間で、私の首は石畳に落ちる。誰ひとり殺してなどいないのに。

 大聖堂の鐘が朝を割って鳴った。膝をつかされた処刑台の板から、冷えた震えが体の芯まで這い上がってくる。その震えが恐怖なのか寒さなのか、もう自分でも分からなかった。

 夜の湿り気を残した石畳には、早くから集まった人々の靴跡が黒く重なっていた。広場を囲む窓からは何人もの顔が覗き、祈りの声に混じって、私の名が低く囁かれる。ステラート侯爵令嬢、殺人犯、神に見捨てられた女。その言葉はざわめきに溶けても、耳の奥に冷たく残った。

 両手首は後ろで縛られていた。縄の下で指先は冷えきり、動かそうとしても爪の先がかすかに震えるだけだった。審問の夜から着替えることも許されなかった白いドレスは裾が汚れ、銀の髪も肩のあたりで乱れている。母が生きていたなら、この姿をどれほど悲しんだだろうと思いかけて、私はすぐに考えるのをやめた。

 今ここで私のために悲しんでくれる人がいるのかどうか、確かめる勇気はなかった。

「アストレア・ステラート」

 神官の声が、石の広場の上をまっすぐに渡った。大聖堂の正面階段に立つ彼の祭服は、白地に金の刺繍が施され、袖口から覗く指先まで清められているように見えた。背後には聖印を掲げる助祭たちが並び、香炉から上がる煙が、朝の冷たい空気の中で薄くほどけている。礼拝堂で嗅ぐはずの香の匂いは、この朝だけは喉に貼りつく苦いものに変わっていた。

「そなたは神前において裁かれた。主の御心はすでに示されている」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がゆっくり冷えていった。私は誰も殺していないと、審問の間で何度も訴えた。冷たい石室で声が掠れても、知らないものは知らないと答え続けた。けれど神判が下されたあとでは、触れた覚えのない品は凶器となり、見たこともない血痕は罪の印となった。私の弁明だけが、神の前で見苦しい言い逃れとして退けられた。

 広場の前列には、貴族たちのための囲いが設けられていた。黒い柵の向こうに、見慣れた茶色の髪がある。セドリック・ドラクロワ。幼い頃から私を知り、婚約の日には少し緊張した指で私の手を取った人。その人が今、私の婚約者としてではなく、証人のひとりとして立っていた。

「ドラクロワ公爵家嫡男、セドリック・ドラクロワ」

 神官が名を呼ぶと、セドリックは静かに一歩前へ出た。上等な濃灰の外套の裾が石段に触れ、金の飾り鎖がかすかに鳴る。彼は礼儀正しく頭を下げ、顔を上げた時も、貴族の子息として少しの乱れもなかった。ただ、手袋をはめた右手だけが外套の端を掴み、布地に浅い皺を作っていた。

「そなたは、被告アストレア・ステラートの婚約者であるな」

「はい」

 その声は、私の知る低さのままだったのに、広場に響くと遠い他人のもののように聞こえた。私は顔を上げ、彼の横顔を見つめた。幼い頃から私を知る彼だけは、私が誰かを殺めるはずがないと証してくれる。愚かだと分かっていても、その望みをまだ捨てられなかった。

「神前で問う。そなたはこの娘の潔白を証するか」

 広場が静まった。セドリックは一度だけ私を見た。灰色の瞳の奥に何かが揺れたように見えたが、彼はすぐに視線を外した。

「いいえ。私は、彼女の潔白を証することはできません」

 問いかけたい言葉は、ひとつも声にならなかった。幼い頃から私を知るあなたが、なぜ私を見捨てるのか。唇が震えるだけの私の前で、セドリックはもうこちらを見ず、外套の端を掴む指だけを強く握り込んでいた。

「神は示された。罪はこの娘にある。血をもって清めよ」

 助祭たちが聖印を掲げ、群衆の祈りが広がった。誰も私の言葉を求めていない。触れた覚えのない証拠も、届かなかった弁明も、神の名の前ではすでに意味を失っていた。

 処刑人が近づき、重い靴音が湿った木板を鳴らした。髪を払われ、首筋が朝の空気に晒される。私は目を閉じようとして、できなかった。視界の端には、こちらを見ないセドリックの姿だけが残っていた。

「最後に祈れ」

 神官に促されても、祈りの言葉は出てこなかった。救いを求めても扉は開かず、真実を訴えても誰も聞かなかった。胸の底に沈んでいたものが、刃の気配が近づくほど、恐怖とは違う熱を帯びていく。

 誰を憎めばいいのかも分からない。それでも、奪われたものすべてを忘れないと心に刻んだ。群衆の祈りが遠のき、香の匂いも縄の痛みも薄れていく。最後に見えたのは刃ではなく、こちらを見ないまま立ち尽くすセドリックの横顔だった。

 私はその横顔に向けるように、許さないという言葉だけを喉の奥で強く握りしめた。振り下ろされた刃の気配が首筋に触れた瞬間、世界は白く弾けた。

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     薬種店から戻ったあとも、黒ずんだ紫の根の色は、目の裏に残り続けていた。 夜になっても眠る気にはなれず、私は自室の机に向かっていた。燭台の炎は窓から忍び込む夜風に細く揺れ、机の上に置いた紙の端へ影を落としている。羽根ペンを取る指には、まだ薬種店の匂いが残っている気がした。私はロザリー夫人の名と夜会の日付を書きつけたあと、前の人生で見た光景を、ひとつずつ紙の上へ戻していった。 前の私は、恐怖で何も見ていなかったと思っていた。けれど、思い出そうとすれば、細部は消えずに残っている。夜会の広間には磨かれた床に燭台の光が揺れ、甘い酒と香水の匂いが混ざっていた。ロザリー夫人は白と薄金のドレスをまとい、

  • 死に戻り令嬢は冤罪を覆し、幼馴染の王子に溺愛される 〜銀の令嬢の甘く危険な事件簿〜   第一部 第5話 再会

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